マスコミ、業界関係者の皆様へ
消費の低迷と量販店の参入で、酒販店をめぐる経営環境はますます厳しさを増しております。さらに新規出店を規制していた「距離制限」も2003年9月に撤廃され、「酒販免許」は完全に効力を失いました。これにより免許制度という防波堤に守られていた街の酒屋さんは異業種参入という荒波の中に放り出されました。
競争原理の働かない特殊な業界で生きてきた酒屋さんにとって、この荒波は非常に厳しく影響の及ぶ酒販店は約8万件と考えられておりますが、実際の感覚値ではそれ以上の酒屋さんが影響を受けていると感じています。ここ数年の酒販業界は卸問屋も含め、目を覆いたくなるほどの悲惨な現状です。そのような状況の中、街の小さな酒屋の挑戦は始まりました。
いまから5年前の2000年、毎年20%の売り上げが減少していく状況の中、周囲の反対を押し切って私が店に戻ってきたのは、店の最後を見届けるためではありませんでした。確かに酒販業界には冒頭に述べたような荒波が立っていましたが、それは地図を持たないが故の恐怖だと信じていました。
当店の進むべき地図を描くために日本各地の酒蔵や酒販店、卸問屋さんをまわり、業界の現状を認識し、当店の打つべき手段を考えました。当店の選んだ戦略、それは地域のお客様を徹底的に喜ばそうということでした。店のある大阪市都島区という場所は昭和60年くらいまで鐘紡、日本製紙、雪印といった会社の大きな工場が立ち並んでおりましたが、工場の撤退により、たくさんの高層マンションが立ち並ぶ大阪でも有数のベッドタウンへと変身を遂げていました。
そのような地域特性の中、地元のお客様に喜んでいただくには「安売り」か「高付加価値」というキーワードしかありませんでした。資本力の無い街の酒屋が、大手安売りショップに対抗した後の結末は、火を見るまでもなく明らかなので、徹底的にお酒にこだわる専門店にしようと考えました。しかもキーワードは「ライフスタイル」。私達の先輩方がやってこられた「こだわり」の敷居の高さを「ライフスタイルの提案」により、グッと身近なものに感じていただこうと、自分達のスタイルが伝わるお店作りをしてまいりました。
自らの足で蔵元を訪ね、納得した商品だけを取り扱う「蔵元特約酒 専門店」としてのスタイルは焼酎ブームの中でも、きちんと定価販売することが出来、お客様の信用を得ることが出来ました。若手陶芸家の作品を展示する陶芸展やハーモニカコンサートなどでは、お酒のある空間に魅力を感じていただくことも出来ました。そういった一歩一歩の積み重ねが今日のお店を支えてくれているのだと信じております。
自らのお店をプロデュースした経験、そして何より地域のお客様に応援していただいた結果、2003年12月には古民家を改装したおでん屋「
KANEHACHI
」をオープンさせ、さらに2005年3月に梅酒専門店「
梅酒屋
」をオープンさせることが出来ました。 こんな事を書いていると、会社組織の一部署で専門店を開いているかのように聞こえるかも知れませんが、当店は家族経営の本当に小さな街の酒屋です。でも、小さいながらも荒波に立ち向かうだけの気合と、自分達の進むべき方向性を示した地図を持っております。
当店は酒屋に限らず、小さなお店の理想像になりたいと思っております。私どもの積み重ねてきたノウハウや考え方を伝えることで、皆様から声を聞かせていただければ、また新たな人との出会いが出来、私達も成長できると思います。こんな街の小さな酒屋にご興味を持っていただいた関係者の方々がいらっしゃいましたら、遠慮なくご連絡ください。
酒 高蔵 運営責任者 上田久雄
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